昭和の時代、父親の役割といえば「仕事一筋で家族を養う」ことでした。家庭内では威厳を保ち、子どもや妻にとっては“怖い存在”。家事や育児は母親に任せきりで、父親はほとんど関わらない。そんな姿が「普通」だったのです。
一方で、令和の今はどうでしょうか。共働きが当たり前になり、「イクメン」という言葉も浸透しました。父親が仕事だけしていればいい時代は終わり、家事や育児に参加することが求められるようになっています。
では、役割が多様化した現代の父親に本当に求められる役割は何なのか。本記事では、令和の父親に求められる役割について、私自身の考えも交えてお伝えします。
現代の父親に求められる3つの役割(実体験より)
経済的な基盤を支える
父親の役割といえば、まず「家族の生活を守る」ことだと思います。ただし昭和のように「会社にさえいれば大丈夫」な時代ではありません。私自身も、勤め先がいつまで安泰か分からないと感じる瞬間があります。だからこそ副業としてライターを始め、収入の柱を増やすことに挑戦しています。
父親が行動を起こせば、家族も「この人についていけば大丈夫」と思える。私はその安心感こそが経済面での最大の役割だと思っています。
家事・育児をパートナーと“同じ目線”で担う
共働きのわが家では、私も料理や保育園の送り迎えを担当しています。子どもが体調を崩したときには、私が仕事を休んで病院に連れて行くこともあります。
ただ、正直に言うと最初は「自分は手伝っている」くらいの気持ちでした。だから中途半端になりがちで、妻からは「お願いしたことが最後までできてない」「結局、私が二度手間になる」と厳しく言われたこともあります。
そのとき気づいたのは、家事育児は「やる・やらない」ではなく、「どちらが責任を持つか」だということです。そこから意識を切り替え、洗濯や寝かしつけも自分の担当としてやるようになりました。
父親が当事者意識を持つと、夫婦間の小さなイライラが減り、子どもも安心して両親に甘えられる――これは、私が身をもって感じている変化です。
家族の精神的な支柱になる
私が大切にしているのは「家庭では怒りを持ち込まない」ことです。仕事でどれだけ疲れていても、子どもが「パパ遊んで!」と寄ってきたらまず笑顔で応える。妻が悩んでいるときは「大丈夫、一緒に考えよう」と声をかける。
父親の落ち着いた態度ひとつで、家庭の空気はガラッと変わります。私は「完璧な父親」ではありませんが、家族が安心できる“精神的な拠り所”になることこそ、自分の役割だと考えています。
父親の役割が分からないときのヒント(持論)
家庭にとって母親は“太陽”
私が実生活で痛感しているのは、「母親の気分次第で家庭の雰囲気が大きく変わる」ということです。妻が笑顔なら家の中は明るく、子どもも安心して過ごせる。逆に妻が疲れてイライラしていると、家全体が一気に重たい空気になります。
父親が落ち込んでいるときもありますが、その影響は母親ほど大きくはありません。だからこそ、父親の役割は「母親が太陽でいられるように支えること」だと私は考えています。家事を一手に引き受けるのではなく、「お風呂入れは今日やるよ」「ゆっくり休んでいいよ」と声をかけるだけでも、母親にとっては大きな安心になります。
子どもの前で“背中を見せる”
三交代勤務だと、昼間に仕事へ行ったり、真夜中に出かけたりと、子どもから見れば「不思議な生活」かもしれません。でもその分、「どんな時間でも働く姿」を自然に見せることができます。
私自身、夜勤に出かけるときに子どもから「パパ、お仕事?がんばってね」と言われたことがあります。そのとき、「この姿も子どもの記憶に残っていくんだ」と思いました。
父親の役割は「口で説教すること」ではなく、自分が頑張る姿を見せること。三交代の不規則さすら、子どもにとっては「パパは大変な仕事をしているんだ」という学びになるのだと思います。
父親の役割 それは家庭を支えること(まとめ)
ここまで父親の役割を紹介してきました。時代が変わり、父親像も「仕事だけ」から「経済・家事育児・精神的支柱」へと広がっています。
ただし、この3つはあくまで方法論にすぎません。大切なのは「家庭を支える」という一点です。経済的に豊かでも、家族が笑顔でなければ意味がない。家事をしても「やってあげてる」という態度なら逆効果。精神的支柱を名乗っても、肝心なときに寄り添えなければ虚しいものです。
つまり、父親の役割は「こうあるべき」と固定化できるものではなく、家族の形に合わせて変わっていくものです。だからこそ父親は、自分の家庭にとって何が一番必要かを常に考え、行動することが求められます。
令和の父親像とは――肩書きや世間の期待に縛られるのではなく、自分の家族を支える覚悟を持つこと。これに尽きると思います。
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